その7 '03年 6月

一人事

このページの2回目で、去年は事始めの当たり年だと書きましたが、どうも今年に入ってそのツケが回ってきている感じです。語学、研究、PC操作、そして水泳と、身体に馴染むまで時間のかかるものを複数抱え込んで悶えているうちに、今年はもう半分過ぎてしまいました。

前回、ヨーガ・スートラの原文の読解に集中して取り組んだことをご報告しましたが、続いて、読解内容をテーマとして放送大学の研究レポートを提出しましたので、そのノリでこのページにもヨーガ・スートラを引用した次第です。そのあと、3月からヨーガ・スートラの註釈書ヴィヴァラナを読み始めました。日本語の参考書がなくて英訳本を参照しましたが、遅々として進まないまま日にちが経っていきました。4月からはサーンキヤ・カーリカーのクラスに入ったので、デーヴァナーガリー文字との格闘が二重になってますます悶えることになりました。そのクラスの先生からヴィヴァラナの日本語訳の存在を教えていただいたので、とりあえずは翻訳の方を読み込んでいき、そのなかで重要と思うところだけ原文を拾うことにしました。

サーンキヤのクラスの面々は、サンスクリット語を5年以上やってきた方ばかりで、1年弱というのは私だけという状況なので、足りない語学力を補ってなんとか効率よく進める方法を考えました。ローマ字転記のコピーをスキャナーで取り込み、読み出しソフトで英語変換してからサンスクリット語のフォントに修正し、日本語訳も同様に読み出して一文ずつ併記する形で一つの文書にまとめながら勉強を進めています。普通にやっていたのじゃ追いつかないことは確かなので、果たして効率がいいのかどうか疑問ながら、毎週、作業に追われています。

そして6月に入り、HPの更新に取リかかりましたが、今後の作業効率を考えて、アーサナのページの入口にアーサナの一覧表を作リました。これもまた、ホームページビルダーの扱いの下手な私には、かえって手間のかかることになってしまいました。でも、これからは役立ってくれるでしょうから、終わってホッとしているところです。

「独り言」それとも「一人事」でしょうか?自分のことばかりつらつらと書き連ねていますが、敢えてそれでいいと思っています。自分を見つめること、私自身であること、生きているということがずっとテーマであリ続けるのですから。「あるがまま」にあるための方法のエッセンスとしてのヨーガを日常の雑事からちょっと隔離しておこなうのは方便であって、本当はできるだけ人工的な枠は不要にしていきたいと思っています。ヨーガを教えようと思ったり、行法の価値を示そうとしたリ、方法論にレッテルを貼ったりすれぱするほどヨーガから遠ざかってしまいます。チョギャム・トゥルンパが「精神の物質主義」と名づけて戒めているところです。ヨーガを研究するとい作業に手間どって…という言い訳のなかに、その辺の葛藤が潜んでいることを自覚します。

デスクワークに疲れると、プールに足が向きます。まだまだ泳ぎは未熟ですが、水の中で気がつくこと・味わえることがとても多く、私の第2のヨーガになっています。水のなかをすう〜っと滑るように流れたい。眠るように漂いたい。水に教えられることがもっともっとありそうです。
                        ミーナークシー(ヨーガあざな)