
★森の生活…続き
引っ越してからいつの間にか8ヶ月も経ち、玄関の水槽の4匹の金魚たちもずいぶん大きくなってきました。「何年も前から住んでいるみたいだ」という友人の表現はとてもうれしいほめ言葉でしたが、思い出深いガラクタ類に加え、母や義妹のパッチワーク作品や、友人の画家や私自身の絵などをそこここに配置し、玄関や窓辺や屋上には知人たちから分けてもらった植物を並べ、なかなか居心地のいい空間になってきました。花や観葉植物の世話をしたり、繕いやリメイク中心の縫い物に熱中したり、また、40年前の文学全集の読み残しを1冊ずつ読んでいったりと、家に引きこもりがちではありましたが、少しずつ外での活動も広げ始めました。3月からピアノを習い始めたことを前回お伝えしましたが、4月からは水泳とサンスクリット語も再開しました。ひとりであるいは人を案内して周辺散策もだいぶ進みました。府中駅前にできた映画館には月に1回は行きます。ビール工場も見学しましたし、競馬も一度だけですが観戦し、プラネタリウムも見ました。プラネタリウムの郷土の森公園は、大きな滝や水車小屋などもあり、梅、桜、紫陽花など季節の花々を楽しめ、近辺でいちばんお気に入りの場所です。夏になって近くの大きな市民プールが開いたので、時々ひとりで行きます。空の雲を見ながらの背泳は実に気持ちのいいものです。そしてなによりも感激したのは、競馬場でおこなわれた花火大会で、うちの屋上はまさに特等席!ただ、息子たちもいなくて、ひとりで見たのがもったいなくて、来年は私設ビアガーデンでも開いて、賑やかに楽しく見たいと思っています。
「森の生活」はそんな生活状況だけでなく、より内面的な意味に言い換えれば林住期で、「私自身という原点のみに即して生きる」ということです。思えば、4年ほど前に組織を離れた時が出発点で、修士論文のテーマとして『ヨーガ・スートラ』を読み込んでいくうちに地固めができ、夫がいなくなったことによって一挙に浮上してきた世界。この地に越してきたことは、学業期・家住期に続く第3の人生である林住期にとても似つかわしいことでした。このページの6回目でラーマクリシュナの伝記を読んだことを書きましたが、そこから著者のロマン・ロランに関心を持ち、高校時代から読み損ねていた『魅せられたる魂』を今になって紐解く気になりました。夢中で一気に読み終え、仏文科の大学時代にでも読んでいたら私の人生は違っていたかもしれないとまずは思いました。でもいいえ、幾ばくかの人生経験を経てきた後だからこそ、主人公の自身に即した生き方が理解できるものなのでしょう。そしてまた、随所ににじみ出ている著者のインド思想への傾倒をすんなりと吸い取れるのは、現在の私だからなのでしょう。ついでに、同じく「魂」を題名に使った『魂萌え!』も読みました。59歳の主婦が夫が急死したあと生まれ変わったように生き直す姿に共感しつつ、この主人公と違って、私は世間という枠組みからもともとハズレていたんだなとあらためて気づきました。それは変わり者の夫のおかげだったかもしれません。
一昨年から去年にかけての苦しい時期には、朝菜会のヨーガ・クラスの時間がとても貴重でした。そして引っ越し後の今も、各クラスの会場への行き来はさほど不便にならず、細々ながらも変わりなく続けています。20年来の会員さんも何人かいらして、90歳になっても続けたいねと言いながら、友達感覚でお付き合いをしていますが、以前できていた形はできなくなったけれどアーサナの質は高まったとか、今になって初めて要領がつかめてきたなどと向上心まんまんで、こちらも常に襟を正さずにはおれません。新しく加わった方々には母親くらいの歳の私ですが、ヨーガ実修に関しては現役真っ只中のつもり。自分なりのヨーガ観を大事に、のんびりとやっていく限りでは、まだまだこれからと思っています。「たいへんなヨガ・ブームなんだから、もう少し営業的になったら」とよく言われるのですが、どうも売り込み・呼び込みは苦手で、新しいご参加は大歓迎ながら、気が向かれたらどうぞとつい貴方任せです。せめて、ネット上のヨーガ・クラスと銘打ったこのサイトにだけは力を注ごうとは思っています。そう言いながらも、(引きこもりのため?)ずいぶん手が付けられずにいましたが、少しずつエンジンがかかり始めて、アーサナ・コメンタリーのページの更新がやっとでき、ちょっと肩の荷が下りた気がしています。ほかにもいろいろと改造を目論んでおりますが、どうぞ気長にお待ちください。
ミーナークシー(ヨーガあざな)