その11 '04 7月

シャボン玉

しとしと雨の代わりに台風のざぁざぁ雨が降ったり晴天が続いたりする変な梅雨ですが、いつのまにか百日紅が咲き始めました。もうすぐ七夕。6月中にアーサナのページを更新するはずでしたが、7月に入ってしまいました。ほぼできていますので、もうちょっとだけお待ち下さい。

仏教では、満中陰に新たな生命に生まれ変わるのだといいます。葬式や通夜という名称も用いず、坊さんも呼ばず、戒名も付けず、お焼香もせずに夫を送りました。が、7×7日というのは、残された者が身辺整理をざっと終えられる日数として妥当なのかもしれません。それから準備して、結局は2ヶ月目を過ぎたくらいに、いろいろとお気持ちを表して下さった方々にご挨拶をいたしました。このような書き出しで…。

ご挨拶

つつじ、もくれん、あじさいと順々に続く花々のパフォーマンス。いるはずの人がいないふた月は、それがあまりにも眩く映ります。

 あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
 わたしから見えるのは
 やっぱりきれいな青ぞらと
 すきとほった風ばかりです。


宮沢賢治の詩『眼にて云ふ』の末尾です。病中の眼はこのように語っていたのかもしれない…。そして不自由さをすべて捨てたいま、そよ風や嵐にも言葉を託してより雄弁に語りかけてくれる…。そんな気がいたします。


あとは略しますが、
 亡くなるひと月くらい前、面会時間の終了間際に急に、「いろいろ話したい」とホワイトボードに書きました。ちょうどそのとき担当医がカニューレの交換に来られたので、私の躊躇する様子を見て、「明日でよい」とまた書きました。でもその後、体調が不安定になり、話したいことが何だったのか分らないままになってしまい、残念でなりません。いろいろ苦労をかけたことをおっしゃりかったんでしょうとひとになぐさめられ、そう思うようにしましたが…。
 監視室に移されてから、担当の看護婦さんの一人が、こんな話をしてくれました。1月の末ごろ、彼女がある医師からたいへんひどい非難を浴びせられ、落ち込んだ気持ちのまま夫のベッドのところに巡回に行ったのだそうです。すると彼女の心境を察した夫は、彼女の手を長い間じっと両手で握っていてくれたのだそうです。とてもうれしかったと…。

言葉での表現にこだわっていては見えないことを賢治の詩が教えてくれています。優しいながらも、わがままで気難しい面の強かった夫ですが、病気が進むにつれ、ますます優しく澄んだ心境になっていったように思えます。
夫の自作の真空管アンプ、愛用のコンデンサースピーカー、そして先日復活させたプレーヤーで、LPコレクションを1枚ずつかけてみています。「ピアニッシモが大事なんだよ」という口癖を思い出しながら…。
命の瀬戸際にぎりぎりに迫れる音楽や文学の持つ力を今あらためて見直しています。夫が言いたかったこと、これからもゆっくりゆっくりと聞いていこうと思います。

福音館「たくさんのふしぎ」シリーズ103『シャボン玉は生きている』で、朝倉が写真撮影を担当していますが、その最後のページの大きなシャボン玉のなかに、カメラを覗く本人(中央)とシャボン玉吹きの私(隣の白服)とが映っていたのです。11年前に、近所の住宅街であじさいをバックに撮ったもので、掲載分に近い1コマです(シャボン玉の写真 右下の拡大ボタンをクリックすると二人の姿がよく分ります)。本人を偲んでいただくためにと、ご挨拶状に同封しました。先日片付けをしていて、その1993年のカレンダーが出てきましたが、曜日と日付が今年とまったく同じ年でした。それも不思議。

シャボン玉の中にいるというイメージで瞑想すると、夫がそばにいるように感じ、とても心が安らぎます。このページの背景もその時の写真の一つです。そしてこの背景を使って、シャボン玉の泡の一つ一つのような今までの「ひとりごと」を再掲載したくなりました。下のリンクマークから入って下さい(→前回までの「ひとりごと」へは、最新ページからのリンクにかえましたので、下のボタンで戻って下さい)。

                        ミーナークシー(ヨーガあざな)